今でこそ、一企業の営業担当者として日夜、外回りをして、取引先の担当者と面談、交渉を行う立場にあるものの、若年期はそんなことをするような性格ではありませんでした。
わたしが大学を卒業して、営業として働いていることを伝えた時の高校時代の親友は「ホントに営業やってるの???」って驚いてましたが、それくらい人付き合いがヘタで引っ込み思案だったんですねぇ。
ず~っとずっと何か疎外感にさいなまれながら日々を過ごしていた、わたしの黒歴史を語ってみたいと思います。
Contents
人の意見が聞けない=空気が読めない
私は若いころ、人の意見が聞けない人間でした。
他人を傷つけたり、批判することは決してありませんでしたが、複数の人間の中で話をする時も常に自分の事ばかり話してしまうような・・。
会話のキャッチボールで自分にボールが来ても、自分ばかりドリブルしようとしてしまってパスを出せない・・こういうことの繰り返しで、いつも後から後悔する羽目になり、自分がどんどんイヤになっていく。
自己嫌悪になっていきました。
自分以外の誰かに生まれ変われたらどんなラクだろうか・・そんなことばかり考えながら生きていました。
人の輪に入れない「絶対的傍観者」のツラさ
10人いたとしたら1人は必ず、他の9人と違う考え方、その輪に入り込めない人間がいると何かの本で読んだことがあります。
それが私だったんです。
集まりがあって、みんなでワイワイ楽しく騒いでいても何か入り込めていない自分がいる。
もしかしたら「コイツ、ノリが悪いな」・・そう思われていたかもしれません。
そう思われるのがイヤで、楽しくないのに楽しいフリもたくさんしてきました。
人間関係を気軽に作っていく、そういうことが非常に苦手で苦痛でした。
自己表現がヘタすぎ、思ったことしか言えない
ま、ある意味正しいことであり、ある意味不器用な話です。
ある種、マジメか!って突っ込みたくなるぐらいですが、思ったことしか言わず、おべんちゃらなんて言えるわけもなく、会話のキャッチボールでは自分のことばかり話したがるくせに、人前で自分の考えていることをうまく表現できない・・。
あ~なんて面倒くさいヤツだ、俺って・・。
もう自己嫌悪のオンパレードです。
馴染むためにまず人の話を聞く
こういった自分の状況を打開していかないと本格的に感じ始めていったのが、20代後半ぐらいだったと思います。
集まりで自分がうまく溶け込めていない、空気に馴染んでいないのは、そこで交わされている話をよく聞いていないってことに気付きました。
「何を話せばいいか」とばかり考えることで、逆に人の話を聞けないので会話がギクシャクする悪循環・・。
自分が何を話すか、ということでなく、相手の話をよく聞き、相槌を打つ、これだけでもかなり効果があり、徐々に溶け込んでいけるようになってきました。
変な自意識を持たない
結局、私と同じように「溶け込めない」、「人の輪に入れない」って思っている人って、大なり小なり自意識過剰なんですよね。
「他人によく思われたい」、そういう意識が強すぎて逆にうまく立ちまわることができない。
みんなそれほど立派な人ばかりじゃないし、他人のことなんてそれほど気にしてませんよ。
それに気付けば、「なんでこんなことで悩んでたんだろ・・」そう思えてきました。
相手に興味を持ち、素の自分で対応する
自分と同じような状況にある人って、プライドが高くて、とっつきにくい感じの人が多いと思います。
プライドを持つのはいいことなんだけど、一般的にそれが仇になることって結構多いですよ。
人生とは人と人との繋がりの中で生きていくわけだから、自分を持ちすぎて、溶け込めないってすごく損してるわけです。
しょ~もないプライドなんか捨てて、素の自分でもって「人との繋がり」の中へ飛び込んでいったほうが絶対トクするし、絶対楽しいし、うまくいく!
そういうことが自分でわかってきました。
まとめ
人の悩みの大部分って人間関係ではないでしょうか。
「自分が正しい」って言い分、あまり強すぎても意味ないと思います。
ホントに賢い人は人と人との繋がりの中で、他人にも価値を見出し、自分も評価される人だと思います。
ちょっと馴染んでいないなぁ・・そう思ってる人、「矯正」は可能だと思うので、一日でも早く、「自己変革」をしていきましょう!
相手や周りの環境に何かを求めるのではなく、「自分」が変わらないと!!
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