みなさん、どうも僕です。
いやぁ、今年はわが阪神タイガース、絶不調ですねぇw
金本監督に代わって「超改革」の旗印のもと頑張ってるんですけどねぇ。
これだけ負けると「六甲おろし」を聞ける日がホントに少なくなって寂しい・・
で、この六甲おろしって六甲山から吹き降ろす風のことなんですが、「六甲山」って名前、「六甲」ってそもそも何って思いません??
わたし、めっちゃ気になってたので調べてみました!関西にあるほかの地名の由来や謎についても調べてみたので、ちょっといっしよに「お勉強」してみますか??
六甲山は「むこやま」?名前の由来とは?
古代において、日本の都は河内と呼ばれる今でいう大阪南部の地域に置かれていました。
ちょうど今でいう尼崎から西宮あたり、現在では「阪神地区」と呼ばれていますが、河内からその方面を見て「むこう」と呼んだのが発祥となり、現在の阪神地区が「むこう」を意味する「務古」や「武庫」と呼ばれるようになったんですねぇ。
で、その「むこ」にある山を「むこやま」、「むこ」にある川を「むこがわ」と呼ぶようになり、「むこやま」には「六甲山」という字があてられ、それが音読されるようになり、「六甲山」と呼ばれるようになったんですねぇ。
知ってましたか??
同じく「むこがわ」は「武庫川」という字があてられ、現在でもそのまま使用されていますし、武庫之荘という地名も現在でもありますね。
したがって「六甲」も「武庫」も同じ地域をあらわす言葉だったですねぇ!
関西の地名の由来と謎
わたしも関西に長く住んでますが、「なんでこんな名前付いたんやろ?」って思う地名、結構ありますよね。
今日はザザッとそのあたりを調べてみましたよ!
梅田
梅田といえば大阪、関西地区屈指の繁華街ですが、この地域は昔、淀川の三角州にあたり、大湿地帯だったんです。
豊臣秀吉が大阪城を建て活躍していたころも現在の梅田は「北のはずれ」で何度も川の氾濫で沈んでいた海抜0メートルの地域。
それを田畑に変えるべく、土地を埋め立てたため、「埋田」と呼ばれるようになり、埋田では字が悪いとのことで、その後現在の大阪市北区神山町にある綱敷天神社にゆかりのある梅から字をとって「梅田」と名付けられたんですね。
今からは想像もつかないですが、大阪は川が多い地域で淀川や大和川など大きな河川の氾濫に悩まされてきましたが、それをうかがわせる地名の由来ですね。
淡路
GFDL, https://ja.wikipedia.org/w/index.php?curid=1197321
「淡路」とは大阪市東淀川区にある地名。阪急電鉄の「淡路駅」があるところです。
大阪人にとっては「淡路駅でお乗り換えを・・」なんてアナウンスを何度も聞いてるでしょうから、駅を降りたことはなくても耳なじみがある地名かと思います。
で、淡路って思い浮かぶのは淡路島じゃねーのと思いますし、なんで大阪の内陸にある土地が淡路と呼ばれるか不思議に思ってました
調べてみたところ、「学問の神様」として現在奉られている菅原道真が大宰府に左遷されることとなり、淀川を下っている際、当時は中州だったこの地域に差し掛かって「ここは淡路島か??」と勘違いしたのが発祥と言われています。
さっきの埋田ではありませんが、当時の大阪がいかに川の流れが違っており、地形が違っていたかを物語るエピソードですね。
立売堀
立売堀・・大阪人以外の方、読めます??(笑)
難しい感じですねぇ、たちうりぼり・・そうなっちゃいますねぇ。
これ、「いたちぼり」と読みます。
大阪のビジネス街、古くは金属、機械工具の卸問屋が多く集まる地域として有名です。
なぜこの地域が「いたちぼり」と呼ばれるかですが、江戸時代初期、豊臣家との対決をした大坂夏の陣、冬の陣に参加した伊達政宗がこのあたりに堀を造り、戦に臨んだとされているのが発祥です。
「伊達」、これは「いたち」とも読めますから、「いたち」の堀で「いたちぼり」。
その後土佐藩がこの土地で材木の立ち売りをするようになり、その字があてられ「立売堀」となったものの、定着していた「いたちぼり」という読み方はそのまま使われることとなったため、「立売堀」という地名が固まったとされてます。
うーん、そんな歴史があったのかというエピソード。
天下茶屋
天下茶屋とは大阪市西成区にある超庶民的な町です。南海電鉄の駅がありますね。
昔、お茶の宗匠として有名だった武野紹鴎の居住跡に芽木小兵衛が茶店を開いたのですが、
太閤・豊臣秀吉が住吉神社に参拝にいく道すがらこの茶店に立ち寄ったことから「殿下茶屋」と呼ばれるようになり、それが転じて「天下茶屋」になったという。
地名って意外と当て字が多いんですねぇ。もともと名付けられた字で読めば納得できるけど、「転じる」と意味がちょっとわかりづらいですねw。
芦屋
005.芦屋川駅 posted by (C)WashiTabi
芦屋といえば東京の田園調布に並ぶ、泣く子も黙る高級住宅街です。
芦屋という地名、どこからきたかというと、西宮から神戸に連なる海岸沿いは昔、「芦屋の里」と呼ばれるほど、植物のアシが茂っており、そのアシで屋根を葺いた家屋が多く点在していたことから芦屋と呼ばれることとなったとか。
芦屋の海沿いの地域は意外と自然が多くて、風光明媚なところですが、名前の由来にもなっているのはちょっとした発見ですね。
奈良
奈良の地名の由来で巷でよく聞くのが韓国語のナラ(国)からきているというものですが、これはどうも都市伝説的なレベルの話のようです。
有力な説としては均す(ならす)、平す(ならす)という言葉が地名の由来で、平地あるいは緩やかな傾斜地を表現して名付けられたものと考えられています。
奈良の旧都は平城京ですが、今の読み方だと音読みで「へいじょうきょう」ですが、昔は「ならきょう」と呼ばれていたようです。この平城京にも「平」という文字が入っていますね。
現在でも平城山という地名(JRの駅もあります)もありますので、最初に書いた「六甲」、「武庫」と同じように「奈良」、「平城」ともに現在の奈良を指し示す呼び方であると言えます。
兵庫
では、最後に私が住んでいる兵庫県の「兵庫」について。
「兵庫」って県名でありながら、「兵庫区」っていう区もあり、地名なんですよね。
「兵庫」という漢字でもわかる通り、兵器を蓄える倉庫って意味ですね。
645年の大化の改新の後、交通上の要所であった須磨関を守るため、「兵庫(つわものぐら)」という朝廷の武器庫が置かれたのが、現在の兵庫区のあたりだったという説が有力です。
まとめ
いかがだったでしょうか。日頃から親しみのある地名も聞いてみると驚きの由来もあったのではないかと思います。
地名の由来って知ってるようで知らないことも多いので、話題の一つとして知っておくと話のネタにも使えますね。
ぜひご参考になさってください。
武庫郷、、、鎮座なさる神さまは向津媛命。意味は向(ムコウ)王家の媛命(ヒルメ。ヒミコ)=西宮廣田神社(西宮は廣田神社固有の尊称です。)
ムコウ、、、武庫、向日、日向、六甲(ムコウ)
六甲媛神社は廣田神社御同体。
六甲をロッコーでは無くてムコウと読めばなぞは氷解します。
向(ムコウ)王家の別名が富家。トミ/トビ。
トミ、、、十三。
元々は古代出雲王国を構成した東西2王家の内の東の王家。
分家が畿内に進出して登美家(事代主家/大物主家/大鴨王)を号した。(鵄。外山、富、鳶(鷲?)、飛、)
阪神地域~河内、和泉等(イズミ≒イズモ)はその領地だったのでしょう。(富田林。登美が岡、、、)
神戸の地名も出雲国を構成した東西2つの王家の内、西の王家、神門臣(カンドオミ)家に由来すると考えれば無理がありません。
(因みに、所謂、大国主はおおむねこの神門臣家当主で出雲王国第8代オオナモチで在られた八千矛命の事)
神戸(カンド)≒神門(カンド)。
一般的に神社を維持管理にあたる民を神戸と言って長田や生田神社に付随した神戸、それが由来と説明されていますが、古来、そんな下層民の由来を地名にするはずは絶対ありません。